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十字架

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十字架の由来

もとはローマ人が東方から導入し、ローマ市民以外の罪人への処刑道具として使用されていました。
キリスト教では、十字架はイエスキリストが人々の罪を贖い、十字架上で亡くなり、復活を遂げられたことを思い起こす象徴となっています。

教会で見られる十字架

イエスがはりつけにされ、十字架上で亡くなられた状態の十字架はとても残酷であり、思わず目をそむけたくなります。
一方、十字架上にありながら、まっすぐ前を向いているイエスや、イエスが十字架上にいないものは「復活の十字架」を象徴しています。
十字架の上の小さな横木にラテン語で「INRI」と書かれているのは、「Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum」ナザレのイエス、ユダヤの王、という意味を表わし、福音書によると十字架の上につけられた罪状札に記された言葉です(マタイ27:37)。

生活の中での十字架

人々への愛のために、十字架上の死によって命をささげたイエス・キリストは、どんなときも周りの皆への愛を忘れませんでした。
私たちの日常は、人に対する思いをつい忘れがちですが、十字架にむかってよりキリスト的生活をしていきたいという思いを込め、十字架をあしらったものを身につけたり、十字架に向かって祈りを捧げます。
物質的なものごとにまどわされず、精神的な面をより向上させるため、意味をこめ、十字架に向かうことが大切であり、十字架を目にすることで、自分自身を見つめなおし、心に問いかける時間を持つことができます。

十字架を身につけるということ

ファッションとして、十字架をあしらったアクセサリーを身につけている人をよくみかけますが、アクセサリー感覚で十字架を扱ったり、魔よけやおまじない、ご利益などのために十字架をさげることは、あまり好ましいことではありません。十字架に魅かれるものを感じる、ということは大事なことだと思いますが、ぜひとも十字架のもつ本来の意味を知ってから、十字架にむかって祈ったり、首からさげてほしいと思います。
それでも、カトリック(キリスト教)信者であるなしにかかわらず、十字架にはどこか人を惹き付ける何かがあるのかもしれません。意味を理解し、十字架を寄り身近なものとして感じながら生活をしていきたいものです。

ロザリオ

ロザリオの由来

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英語ではRosaryといい、文字通りバラの花に由来します。キリスト教では、バラは聖母マリアの象徴です。バラの花を一輪ずつマリア様に捧げるような気持ちで、ロザリオの珠一粒一粒毎に祈りを唱え、バラの花の冠を編んでいくような形となります。
指で一粒ずつ操りながら、できあがったバラの冠をマリア様に捧げる、美しい祈りのためのアイテムです。

ロザリオの祈り

イエスの最初の奇跡は、カナの婚礼で水をぶどう酒にかえた奇跡。これは、母(マリア)の願いを、息子(イエス)は必ず聞き入れるという象徴です。
私たちがロザリオの祈りをする時の「聖母マリアの取次ぎによって」という思いは、母マリアの願いは必ずかなえてくださると信じ、マリア様をとおしてキリストにむかい、祈ります。
また、ただ祈りを繰り返すのではなく、マリア様へのお告げからご復活までのキリストの生涯を思い描きながら、マリア様を通して神に向かう祈りでなければなりません。
ただしこの「ロザリオの祈り」は秘蹟ではなく、教会の「信心業」であり、信じる人が続けていくというものです。

ロザリオの祈りのはじまり

ロザリオの祈りは、聖ドミニコとドミニコ会の修道士達によって広められたとされています。聖ドミニコには、聖母マリアが直接あらわれ、ロザリオの祈りを教えられたといわれています。
当初は「主の祈り」などの主な祈りの数を数えるものとして発生し、「天使祝詞」「栄唱」が加わり、15世紀頃には現在の祈りに近い形ができあがり、ロザリオの形も現在と同じようなものになったようです。

ベルナデッタのロザリオ

「ロザリオの祈りしか知りませんでした」-ルルドの奇跡で知られるベルナデッタは、貧しい生活の中でも毎晩、十字架とロザリオがかけられている暖炉の前で、家族と共にロザリオの祈りを唱えていました。(ベルナデッタについては 4大聖地紹介-ルルドへ)
ルルドでの聖母マリアのご出現の際にも、母から与えられた黒い実をひもでつながれただけの粗末なロザリオをを使って祈り、どんなときも手放さなかったといいます。

日本でのロザリオの歴史

日本では、禁教令後、1600年代から約250年の間、司祭のいない状態が続きました。1865年の「信徒発見」は、世界のカトリックの歴史上で奇跡とも思われる出来事です。その長い期間の「潜伏キリシタン」たちの純粋な信仰は、誰にもみられずに唱えられるという「ロザリオの祈り」の存在が大きかったと言われています。
天草四郎が潜伏した原城の跡には、おびただしい信徒たちの骨の層がありましたが、敵の鉄砲の弾を溶かし、メダイにしたりしてロザリオをつくった跡が伺われます。
ご聖体をいただくような形でなのか、口の中からでてきたメダイは、鉄砲の弾の重さとほぼ同じとも言われます。
武器を祈りの道具に換え、信仰を守り続けてきた歴史は、今の私たちに様々な思いを与えてくれます。